相似地震の確率予測実験   [English Version]
[2013年2月26日更新,過去のページ→ 2008年予測 2009年予測 2010年予測 2011年予測]

岡田正実(気象研、客員)・内田直希(東北大学)・青木重樹(気象研究所)
協力:気象研究所、東北大学地震・噴火予知研究観測センター


はじめに

相似地震(小繰り返し地震)は、プレート境界に存在する小アスペリティ(固着域)が繰り返し破壊することで発生すると考えられています。 波形相関のみで客観的に同定されること、発生間隔の短い系列が多数あることなどから、発生予測の検証・評価に適しています。 ここで扱う地震は、マグニチュード(M)2.5〜4.0程度で、震度1または人体に感じないような小さいものです。 本ページでは、2011年の発生予測の成績について紹介します。 2010年12月までの資料から1年間に発生する確率を予測したもので、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震Mw9.0の影響を全く考慮していません。 巨大地震後は、地震活動が大きく変化しましたので、今後は予測モデルを大幅に変更する必要があり、その検討を進めています。

 
確率予測結果(2011年)

相似地震183系列について、ベイズ統計対数正規分布モデル(Okada et al., 2012)を用いて計算した2011年予測発生確率(下図左)と、当該地震の発生状況(下図右)を示します。 予測確率は、今回から3地域で異なるパラメータを持つ事前分布を使用し、発生確率を計算しました。 襟裳岬から三陸にかけての海岸沿いに発生確率が高い系列が多く、そこでは該当地震が多く起きたことが分かります。 両者に顕著な相違は認められませんが、細かく見ると、牡鹿半島付近や茨城県〜千葉県の東方などに、50%以下の系列でいくつかまとまって発生したことが分かります。

 
 図1.2011年1月〜12月の発生確率予測(左)と結果(右)


予測の妥当性(適合度)を見るために、予測確率10%ごとに系列数を集計したのが図2です。 左側の棒(黄色)が該当系列の数、緑棒が発生確率の合計(期待値)です。右側の棒(赤)は当該地震が発生した系列の数(観測)を示します。 予測発生確率が高い系列では、地震が起こっている割合が高く、予測(緑)と観測(赤)の分布が似ています。 しかし、全体的に緑より赤の方がやや大きめになっており、合計では予測(緑色)が71.4系列であるのに対し、観測(赤色)では85系列あり、 予測確率(緑)が小さ過ぎたことが分かります。

 図2.2011年予測の発生確率値の分布と観測結果。  左棒(黄色):該当する系列の総数、
中央棒(緑):発生確率の合計(イベント数期待値)、  右棒(赤色):当該地震が発生した系列数。

 

 この結果から、予測がどのくらい当たったと言えるのでしょうか?    下に説明する"Brierスコア"と"平均対数尤度"という指標で、当たり具合を採点してみます。

Brierスコア : (Pq-Ev)^2 の平均                         

平均対数尤度 : Ev*ln(Pq)+(1-Ev)*ln(1-Pq) の平均

ここで、Pqは予測した地震発生確率、Evは、該当地震の有(Ev=1)または無(Ev=0)を表します。 Brierスコア(BS)は小さい方が、平均対数尤度(MLL)は大きい方が良い予測です。  2011年予測は、Brierスコアが0.1998で、平均対数尤度が-0.5955でした。 直感的に見当がつく降水確率予報の成績(東京、2006〜2011年)と比べると、 1週間先の値(Brierスコアで0.184、平均対数尤度で-0.548)より多少劣ります。なお、降水確率予報データは http://homepage3.nifty.com/i_sawaki/WeatherForecast/index.htm によります。過去4回の予測成績(2006-07年、2008年、2009年、2010年)と比べたものを図3に示しますが、2011年予測はこれまでよりやや劣ります。

 図3.相似地震予測の平均対数尤度(MLL)の変動

  次に、統計学的な有意性検定を紹介します。 予測確率が正しいと仮定したときに得られるスコアの理論分布と、観測結果から求めたスコアを比較します。 観測の成績が悪い方へ大きくずれていると、モデルが棄却されます(Schorlemmer et al. 2007)。 予測確率に従って地震がランダムに発生しているとすれば、 該当地震の発生系列数の分布は図4の曲線のようになります。 観測された個数(85系列)は98.9%点付近にあり、有意水準95%では棄却され、99%では棄却されません。 この場合は両側検定です。 対数尤度検定でも95%では棄却され、99%では棄却されません。 Brierスコアの場合は、95%の有意水準で棄却されません。いずれの指標でも"相当悪い成績"であると言えます。

2個の予測モデル(H0とH1)で同じイベントの予測を行った場合には、BSやMLLのスコアの差からモデルの優劣が検定できます。H0とH1を

H0: 過去の地震活動とは関係なく、時間的にランダムに発生する(指数分布モデル)

H1: 直前イベントからの時間が対数正規分布に従う(予測モデル)                     

とします。H0で2011年について予測したとすれば、 Brierスコアが0.230で、平均対数尤度が-0.651となり、 私たちの予測モデルより、Brierスコアで0.030、平均対数尤度で0.055悪いことになります。 これらの差は統計的に有意であり、2011年の場合も私たちのモデルが指数分布モデルより有意に優れていたことになります。
 
 図4.地震発生系列数を用いた2011年予測の統計的検定(個数検定、N-test)  

地域分割の効果

2011年予測は、予測成績の向上を目指して、図1に示した3地域に分けて、それぞれで使用する事前分布のパラメータを変えてあります。 その効果を見るために、2010年に用いた全域共通のパラメータで予測した場合と比較します。2つのモデルH0とH1を

H0:2010年予測で用いた全域共通の事前分布パラメータによる予測             

H1:2011年予測で用いた3地域それぞれに事前分布パラメータ値を与えた予測

とします。H0による2011年予測は、Brierスコアが0.2014、平均対数尤度が0.6079です。 H1による予測よりBrierスコアで0.0016、平均対数尤度で0.0124だけ劣ります。 Brierスコアではほとんど差がありませんが、平均対数尤度では少し差があります。対数尤度差Rとして、

R=(H1による対数尤度)−(H0による対数尤度)                  

を使用すると、尤度比検定(R-test)を行うことができます。Rの大きい・小さいは、モデルH0に対するモデルH1の優・劣に対応します。 モデルH0が正しいとすれば、Rの分布は図5のH0: correctの曲線(青曲線)になることが期待されます。 観測値R=2.27は、この曲線の95%点より更に右に(成績が悪い方に)はずれているので、H0は棄却されます。 一方、H1が正しいとすれば、H1: correctの分布(赤曲線)になりますが、観測されたRが分布の5%点より大きい位置に(成績がよい方に)あるので、棄却されません。 形式的には、地域分割のモデルが統計的に有意に優れていたことになりますが、 両者に差が小さいことに加え、特別な年であったので、予測にとって有効な差であるのかどうかは分かりません。
 
図5.対数尤度を用いた2個の予測モデルの成績差の検定(尤度比検定、R-test)。
H0:2010年予測のパラメータをそのまま使用。 H1:地域を3分割した2011年予測モデル。


東北地方太平洋沖地震の影響

予測期間中の3月11日に東北地方太平洋沖地震Mw9.0が発生し、非常に活発な余震活動がありました。 仮に、1月1日に3月11日(巨大地震発生時)までの予測をしたとすれば、該当地震が発生する系列数は14.5前後と見込まれます。 観測は11系列でしたので、予測よりいくぶん少ない数でした。巨大地震後は、60.3系列の予測に対し75系列の発生でした。 したがって、個数検定(図4)で予測が棄却された原因は、巨大地震後に相似地震活動が活発になったことにあります。 しかし、図1の相似地震活動範囲で発生したM3.0〜4.0の地震は、巨大地震前後(2010.5.20〜11.3.10と2011.3.12〜11.12.31との比較)で20倍余り増えており、 相似地震活動の増加は意外と少ないことになります。その要因として、
@ 同じ系列で相似地震が何個も発生しても、系列数を数えるので、1個の場合と同じ扱いになる。
A 巨大地震時にトラブルが生じた地震計が多数あったことに加え、極めて活発な地震活動で波形記録が重なることなどのために、 小地震の検知力が劣っていたし、波形相関による相似地震としての同定できない場合が多々生じた。
B 応力分布に大変化があり、相似地震が発生しなくなった地域がある。
などが考えられます。
予測期間中に各系列で相似地震が何個発生したかを地図上で示したのが図6ですが、29系列で該当地震が2個以上発生しました。 以前は、1年間に該当地震が発生してもほとんどが1個のみで、2個発生するケースがまれにある程度でしたので、非常に増加しています。 この図で、北緯40.5度以北には複数個発生が見られませんが、それ以南で複数個発生した系列がかなり多いことが分かります。 三陸沿岸域ではその傾向が顕著で、巨大地震後の余効滑りで相似地震が多く発生したものと思われます。


 
図6.相似地震の発生個数


謝辞: 相似地震の同定には、東北大学のほか、北海道大学及び東京大学の地震観測点で得られた波形データを使用しました。 解析には,一部気象庁による一元化震源を使用しました。図1の作成には、気象庁精密地震観測室の高山博之さん作成のソフトを使用しています。


補助資料

1.2011年予測系列の緯度、経度、平均M、発生確率 および発生地震の表(csv形式、図1と図6に使用したもの) probobs11.csv
 

関連する文献/発表

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内田直希・松澤暢・平原聡・長谷川昭・笠原稔, 2006, 小繰り返し地震による千島・日本海溝沿いプレート境界の準静的すべりモニタリング, 月刊地球, 28(7), 463-469

Uchida, N., T. Matsuzawa, W. L. Ellsworth, K. Imanishi, T. Okada, and A. Hasegawa, 2007, Source parameters of a M4.8 and its accompanying repeating earthquakes off Kamaishi, NE Japan - implications for the hierarchical structure of asperities and earthquake cycle, Geophys. Res. Lett., 34, doi:10.1029/2007GL031263.

岡田正実・高山博之・弘瀬冬樹・内田直希, 2007, 地震長期発生確率予測に使用する更新過程対数正規分布モデルのパラメータ事前分布, 地震2, 60, 85-100

Schorlemmer, D., M. C. Gerstenberger, S. Wiemer, D. D. Jackson, and D. A. Rhoades, 2007, Earthquake likelihood model testing, Seismo. Res. Lett.,78, 17-29.

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岡田正実・内田直希・高山博之・弘瀬冬樹, 北海道・東北東方沖で発生する相似波形地震の発生確率予測, 日本地球惑星科学連合2007年大会, 千葉, 幕張メッセ, 2007年5月.

岡田正実・内田直希・前田憲二・高山博之, 相似地震の確率予測実験 ー統計モデルの成績と展望ー, 地震・火山噴火予知研究計画シンポジウム, 東京, 東京大学地震研究所, 2008年3月.

岡田正実・内田直希・高山博之, 相似地震の確率予測実験と成績検証, 地震研究所共同利用研究集会 地震活動の物理・統計モデルと発生予測, 東京, 東京大学地震研究所, 2008年7月.

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Okada, M., N. Uchida, K. Maeda, and H. Takayama, Statistical forecasts and tests for small interplate repeating events near the east coast of NE Japan in 2008, JPGU Meeting 2009, Makuhari Messe International Conference Hall, Chiba, May 2009.

Okada, M., N. Uchida, and S. Aoki, Forecast for small interplate repeating earthquakes near the east coast of NE Japan in 2009, JpGU Meeting 2010.

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岡田正実・内田直希・青木重樹,相似地震予測(2006〜2010年)の検証・評価,日本地震学会2012年度秋季大会,函館市,2012年10月.