相似地震の確率予測実験   [English Version]
[2010年3月9日更新,過去のページ→ 2008年予測 2009年予測]

岡田正実(気象研、客員)・内田直希(東北大学)・青木重樹(気象研究所)
協力:気象研究所、東北大学地震・噴火予知研究観測センター

はじめに

相似地震(小繰り返し地震)は、同じ小アスペリティの繰り返し破壊と考えられています。 相似地震は、プレート間の大地震と同じ発生過程であること、波形相関のみで同定されること、 発生間隔の短い系列が多数あることなどから、予測モデルの評価に適しています。 本ページでは、確率予測手法評価のために行っている相似地震の確率予測実験について紹介します。 なお、ここで扱う相似地震は、マグニチュード2.5〜4.0程度で、震度1または人体に感じないような小さいものであり、 日常生活には影響ありません。

 
確率の予測(2010年)

相似地震がかなり規則的に発生することに注目し、発生間隔のデータだけから、 予測期間内に次のイベントが起きる確率を計算しました。 予測のモデルは、計算が容易で、比較的成績のよい更新過程ベイズ統計対数正規分布モデルを使用しています。 2010年中に各相似地震系列(群)で、当該地震が1個以上発生する確率は図1の通りです。 予測系列は、3条件(1993年〜2009年の間に発生した相似地震が5個以上。 平均マグニチュードが2.75以上。2003年十勝沖地震または1994年三陸はるか沖地震の余震が3分の1未満。) を基準にして選出されています。 3番目の条件で十勝沖が空白になっています。 2010年予測は全部で163系列です。

 
 

 図1.2010年1〜12月に相似地震145系列でイベントが発生する確率


確率予測結果(2009年)

相似地震145系列について行った2009年予測の発生確率(下図左)と、当該地震の発生状況(下図右)を示します。 牡鹿半島沖から襟裳岬の海岸沿いに発生確率が高いと予測されたグループが多く、 そこでは該当地震が多く起きたことが分かります。 北緯38度より南では、50%以下の系列でもかなり発生しまし た。

 
 
 図2.2009年1月〜12月の発生確率予測(左)と結果(右)

予測の成績(適合度)を見るために、確率10%ごとに集計したのが図3です。 左側の棒(黄色)が該当する系列の数を示し、緑棒が発生確率の合計(期待値)を表します。 右側の棒(赤)が当該地震の発生した系列の数を示しています。緑と赤の分布が似た傾向を示しており、 発生確率が高いと予測された系列では地震が起こっている割合が高いことが分かります。 しかし、全体としては、緑より赤の方が大きく、予測確率(緑)が多少小さすぎたことが分かります。

 図3.2009年予測の発生確率の分布と観測結果。   左棒(黄色):該当する系列の総数、中央棒(緑):発生確率の合計(イベント期待値)、  右棒(赤色):当該地震が発生した系列数。

 

 それでは、この結果はどのくらい"当たっている"といえるのでしょうか? ここでは、下に説明するような"Brier score"と"平均対数尤度"という指標で当たり具合を評価してみます。

Brierスコア : (Pq-Ev)^2 の平均

 Pqは予測した地震発生確率、Evは、地震の有(1)または無(Ev=0)を表す。  ただし、条件付確率が計算できないほど集積確率が大きいときは、モデル不適当(false)とする。   Falseが同数以下であれば、Brier score の小さい方が良い予測である。

平均対数尤度 : Ev*ln(Pq)+(1-Ev)*ln(1-Pq) の平均。

 ただし、予測時の集積確率が99.999%以上、発生確率が 99.999%以上または発生確率が0.001%以下のときは、   モデル不適当(false)とする。 Falseが同数以下であれば、 平均対数尤度の大きい方が良い予測である。

 2009年予測の結果は、Brierスコアが0.228で、平均対数尤度が-0.647でした。 図4は、直感的に当たり具合の見当がつくと思われる降水確率予報の成績(東京、2006〜2009年)と平均対数尤度で比べたものです。 下図から、2009年の地震発生予測は、2008年から大きく低下し、数日先の降水確率予報より一段と悪いことが分かります。 "Brierスコア" も同様な結果になっています。なお、降水確率予報データは http://homepage3.nifty.com/i_sawaki/WeatherForecast/index.htm によります。

 
 
 図4.平均対数尤度による2006年7月〜07年6月、2008年及び2009年の相似地震 予測と、1週間後までの降水確率予報(東京)の成績比較

   次に、確率予測の統計学的な有意性検定を紹介します。  予測確率が正しいと仮定したときに得られるスコアの理論分布と、観測結果から求めたスコアを比較します。  成績が悪い方へ大きくずれていると、モデルが棄却されます[Schorlemmer・他(2007)]。  例えば、今回の予測確率に従って地震がランダムに発生しているとすれば、  該当地震の発生個数及びBrierスコアの分布は図5と図6の赤い曲線になります。  図5で観測された発生個数(70系列)は5%と95%線との交点の間にあるので、棄却されず合格します。  しかし、Brierスコアは、観測値が95%点より大きく、成績が悪すぎてモデルが棄却されます。   対数尤度の場合も同様に棄却されてしまいました。

 
 
 図5.該当地震の発生数を用いた2009年確率予測の統計的検定(N-test)。

 
 図6.Brierスコアを用いた2009年確率予測の統計的検定(BS-test)。

 一方、二つのモデルで同じイベントの予測を行った場合には、スコアの差からモデルの優劣が検定できます。   イベントが時間的にランダムに発生しているとするモデル(指数分布モデル)で同じ相似地震を予測したとすれば、   Brierスコアが0.251で、平均対数尤度が-0.696となります。 対数尤度(各系列の対数尤度の合計)の差Rを使った検定結果(R-test)が図7です。   指数分布モデルが正しいとすれば、Rの分布はH0: correctの曲線(青曲線)になります。    観測値R=7.09は、95%点から右にはずれているので、指数分布モデルは棄却されます。    一方、私たちのモデルが正しいとすれば、H1: correctの分布(赤曲線)になり、棄却されません。    Brierスコアの差を用いても同様な結果が得られます。 結論として、私たちの予測は指数分布モデルより有意に優れていたことになります。

 
 
図7.指数分布モデル(H0)と予測モデル(H1)との尤度比検定(R-test)。


2009年予測の特徴と今後の発展

2009年の予測は、成績が悪く、尤度検定とBrierスコア検定で棄却されてしまいました。 北緯38度より北の予測はさほど悪くないのですが、それより南でたいへん悪かった。 一つの要因は、茨城県沖地震(08年5月、M7.0)や福島県沖地震(08年7月、M6.9)に伴って、 プレート境界で余効すべりが発生したことが挙げられます(Uchida・他, 2008, ASC・SSJ合同大会)。 今回の"失敗"は、モデルの弱点が現れたものであり、 予測手法と検定手法を改良する必要があることを示しています。当面は地震の続発性を統計的検定に反映させることを考えていますが、 将来は、予測に物理的なモデルを組み込むことで、精度の向上につなげることが期待されます。


謝辞: 相似地震の同定には、東北大学のほか、北海道大学、東京大学の地震観測点の波形データを使用させて頂きました。 解析には,一部気象庁による一元化震源を使わせていただきました。 図1と図2の作成には、気象庁地震津波監視課の高山博之さん作成のソフトを使用しています。


補助資料

1.2009年予測系列の緯度、経度、平均M、発生確率 および発生地震の表(csv形式、図2にプロットしたもの) probobs09.csv
2.2010年予測系列の緯度、経度、平均M及び発生確率の表(図1にプロットしたもの) prob10.csv
 

関連する文献/発表

Uchida, N., T. Matsuzawa, T. Igarashi, and A. Hasegawa, 2003, Interplate quasistatic slip off Sanriku, NE Japan, estimated from repeating earthquakes, Geophys. Res. Lett., 30, doi:10.1029/2003GL017452.

内田直希・松澤暢・平原聡・長谷川昭・笠原稔, 2006, 小繰り返し地震による千島・日本海溝沿いプレート境界の準静的すべりモニタリング, 月刊地球, 28(7), 463-469

Uchida, N., T. Matsuzawa, W. L. Ellsworth, K. Imanishi, T. Okada, and A. Hasegawa, 2007, Source parameters of a M4.8 and its accompanying repeating earthquakes off Kamaishi, NE Japan - implications for the hierarchical structure of asperities and earthquake cycle, Geophys. Res. Lett., 34, doi:10.1029/2007GL031263.

岡田正実・高山博之・弘瀬冬樹・内田直希, 2007, 地震長期発生確率予測に使用する更新過程対数正規分布モデルのパラメータ事前分布, 地震2, 60, 85-100

Schorlemmer, D., M. C. Gerstenberger, S. Wiemer, D. D. Jackson, and D. A. Rhoades, 2007, Earthquake likelihood model testing, Seismo. Res. Lett.,78, 17-29.

岡田正実,2009, 繰り返し地震および余震の確率予測,「地震」第2輯地震60周年記念特集号(投稿中).

岡田正実・内田直希・高山博之・弘瀬冬樹, 北海道・東北東方沖で発生する相似波形地震の発生確率予測, 日本地球惑星科学連合2007年大会, 千葉, 幕張メッセ, 2007年5月.

岡田正実・内田直希・前田憲二・高山博之, 相似地震の確率予測実験 ー統計モデルの成績と展望ー, 地震・火山噴火予知研究計画シンポジウム, 東京, 東京大学地震研究所, 2008年3月.

岡田正実・内田直希・高山博之, 相似地震の確率予測実験と成績検証, 地震研究所共同利用研究集会 地震活動の物理・統計モデルと発生予測, 東京, 東京大学地震研究所, 2008年7月.

Okada, M., N. Uchida, H. Takayama, and K. Maeda, Statistical prediction experiment and its testing for interplate small repeating earthquakes by renewal models, 7th General Assembly of Asian Seismo. Comm., Tsukuba, Nov. 2008.

Okada, M., N. Uchida, K. Maeda, and H. Takayama, Statistical forecasts and tests for small interplate repeating events near the east coast of NE Japan in 2008, JPGU Meeting 2009, Makuhari Messe International Conference Hall, Chiba, May 2009.

Okada, M., N. Uchida, and S. Aoki, Forecast for small interplate repeating earthquakes near the east coast of NE Japan in 2009, JpGU Meeting 2010, (申込中).