低中次ジオイドからわかる地球内部粘性・密度構造

東京大学大学院理学系研究科 地球惑星物理学専攻

木戸元之

平成8年3月博士(理学)申請

要旨

 マントルの粘性を見積もることは古くからの課題であった.以前は後氷 期上昇運動の速度から粘性構造を求める方法が主流であったが,最近の10 年において,全球規模の地震波トモグラフィーの発展と相まって,トモグ ラフィーに基づく対流計算から粘性構造を求める研究方法が開発され,脚 光を浴びてきた.しかし,研究グループにより地震波速度異常から密度異 常を推定する際の解釈が大きく異なり,その結果,全く違う粘性構造を求 めてしまっている.この問題について,どの様な粘性構造が正しいかを, より現実的な密度異常モデルを用いることにより判定した.
 最近開発された,粘性構造を推定する方法を簡単に説明する.地震波ト モグラフィーによって得られたマントル内3次元速度構造を,高速度異常 は高密度異常,逆に低速度異常は低密度異常というような比例関係を仮定 して,密度構造に変換する.また,マントルの粘性構造を仮定する.これ らの,密度構造と粘性構造から,流体力学の方程式に基づき,瞬間的なマ ントル対流を計算し,密度構造そのものと,対流による地表及びコアーマ ントル境界の変形からくる密度異常の足し合わせとして,地表で観測され るべきジオイドを計算する.そして.観測値ジオイドを満足するような粘 性構造を推定するというものである.今までの研究では,研究グループに より用いる密度構造に違いがあり,その結果推定される粘性構造も違った ものとなっていた.これらのグループは深さ400kmより深いマントルでは, 同じ密度を用いているが,400km以浅のマントルについては,全く違う密 度構造を用いている.これらは主に2つのグループに分けられる.Aグル ープは,沈み込み帯に高密度スラブを挿入しているが,Bグループではト モグラフィーの結果をそのまま密度に変換し,結果的に低密度な沈み込み 帯となっている.A,Bのグループが求めた粘性構造を図1に示し,それ ぞれ粘性A,粘性Bと名付ける.粘性Aは低粘性アセノスフェアを有し, 粘性Bは低粘性遷移層を有することが特徴である.
 一方,400km以浅のマントルの密度異常を考える際に,化学異常が存在 する場合,先に述べた,速度異常ー密度異常の比例関係が成り立たない. これが顕著に現れるのは,高速度異常であるにもかかわらず低密度である といわれる,大陸下のテクトスフェアである.いままでの研究ではテクト スフェアの存在が無視され,その部分には速度異常からそのまま変換した 高密度異常を与えていた.
 本研究では,低密度テクトスフェアを古い大陸下300kmまで挿入してや り,より現実的な密度異常モデルを用いた.沈み込み帯の密度については 化学異常が含まれてはいるものの,その度合いが不確定であるので,パラ メータとした.高密度スラブを挿入した場合は密度(a),速度構造から 変換した場合は密度(b)と名付ける.残された海洋域の密度構造につい ては,速度異常からそのまま変換した.これら,(a),(b)の密度と, (A),(B)の粘性を組み合わせて長波長ジオイド(球関数次数2-8次, 及び5-12次)を計算し,どの組み合わせが最も良く観測値ジオイドを説明 するかを調べた.また,これとは別に,海洋域では(a),(b)の密度 とも同じで,速度異常と密度異常が良く対応していると考えられるので, この領域に限った解析をおこない,粘性(A),(B)のどちらが良いか も調べた.この場合,全球解析ではないので,長波長ではなく,中波長ジ オイド(12-25次)を用いた.
 その結果,長波長の解析においては,粘性(A)と密度(a)の組み合 わせが最も良いことがわかった.観測値ジオイドとこの組み合わせで計算 されたジオイドとを,それぞれ次数5-12次について,図2a,図2bにそ れぞれ示す.両者が非常に良く一致していることがわかる.次数5-12次の 合計での相関は0.8であった.一方,各次数についての相関をグラフにした ものを,図3a,3bに示す.このグラフからも,(A),(a)の組み 合わせが良いことがわかる.また,中波長の解析においては,解析領域が 十分に広くとれた太平洋について,粘性(A)による次数12-25次での相関 は0.39,粘性(B)では0.13で,明らかに粘性(A)が良いことがわかる. 相関係数の値は,次数により統計的信頼度が違ってくるが,中波長におけ る相関0.39は,信頼度90%を越える,非常に高いものである.中波長ジオ イドについても,次数12-25次の観測値ジオイドと計算されたジオイドを図 4a,4bに示す.太平洋のジオイドの高低の目玉が良く一致しているこ とがわかる.
 以上見てきたように,これまで不確定であった,粘性(A),(B), 及び密度(a),(b)について,はっきりした結論を出すことができた. すなわち,低粘性アセノスフェアを有する粘性(A),沈み込み帯が高密 度である密度(a)が現実的なモデルであることがわかった.この結果は 粘性構造の微小な変化,例えばアセノスフェアの厚さの変化,及び与えた 密度以上の大きさの違いについて,非常に安定した結果である.

図1: AとBの典型的な粘性構造
図2: 観測値長波長ジオイドと計算値
図3: 次数毎の相関係数.左は密度(a),右は密度(b)
図4: 次数12-25次の観測値ジオイドと計算値

図1〜4は割愛した.

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