ジオイドより推定されるマントルレオロジー

木戸元之

東京大学海洋研究所
〒164-8639 東京都中野区南台1-15-1

Abstract.  1970年代終りに,グローバル地震波トモグラフィーモデルが登場 し,マントル対流を支持する結果が得られたが,同時にマントル深 部の地震波速度異常のパターンと地球の重力ポテンシャルを表すジ オイドとの相関も指摘された.しかし,速度異常から換算した密度 異常がつくるジオイドを計算してみると,パターンこそ観測ジオイ ドと似ているが,その振幅は少なく見積もっても数倍に達し,なお かつ符号は逆というものであった.その原因は,地表やコア−マン トル境界(CMB)等の変形による密度の過不足の影響を無視したこと にある.これらの境界の変形量は観測から正確に見積もることは困 難なので,先の密度異常によって励起されるマントル対流を解いて self consistent な量として直接計算してやらなければならない. 1980年代に入ると,これらを組み込んだ計算法が確立され,トモグ ラフィーモデルの進歩と相まって,観測ジオイドの大半を説明する ことに成功した.
 これらの研究から一つの重要な事実が見出された.それは,予想 されるジオイドが,マントル対流を解く際に仮定した粘性値に極め て大きく依存するということである.換言すれば,ジオイドがマン トル粘性構造に対して非常に強い制約を与えることになる.このよ うな時期を経て,1980年代半ば以降,観測ジオイドをより良く説明 できるマントル粘性構造の研究が一気に始まり,現在では後氷期上 昇運動の解析と並び重要な手法の一つとなっている.
 先にも述べたように,ジオイドは与えられた内部密度異常とそれ に励起される境界の変形による密度異常とで決まるので,結局は境 界の変形を解析していることに他ならない.そういう意味では,ジ オイド解析,後氷期上昇運動解析の両手法とも同じであると言える が,敢えて例えて比較するならば,マントル内に重い物質を荷重と して急に置いた場合に,前者は緩和時間を十分経過してその物質が 等速落下している時の地表の変形量を見るのに対し,後者は緩和時 間までの地表の変形過程を見るということである.無論,後者の場 合実際には荷重の位置は地表で,かつそれを取り除いたときの様子 を見ることになる.両手法のそれぞれ有利な点は,前者は荷重がマ ントルの至る所に存在するのでマントル深部の情報も取り出せるこ とで,後者は時間変化を見ることによる情報量の豊富さである.
 しかし,現状では,逆問題の常として,ジオイドによる粘性構造 の推定は,後氷期上昇運動の解析以上に研究者による結果の違いが 大きい.3章で研究の推移を簡単に述べた後,4章でこの原因に言及 する.その前に次章でジオイドから粘性がわかる原理を簡単に説明 しておく.


月刊地球, 20 No.5, 265-270, 1998.
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