地震波トモグラフィーから予想される現在のマントル対流パターンについて

木戸元之

東京大学地震研究所 〒113 東京都文京区弥生1-1-1

Abstract.  1970年代後半から始まったグローバル地震波トモグラフィーの研究は, 1980年代に開花し,多くの速度構造モデルが産み出されてきた [e.g., DZIEWONSKI (1984); SU and DZIEWONSKI (1991); SU et al. (1994); TANIMOTO (1990); WOODHOUSE and DZIEWONSKI (1984)]. これらの空間分解能は,水平方向が球関数にして次数6〜12次 (半波長 1700〜3300 km),深さ方向が 200〜500 km 程度であるが, マントルの温度構造,さらにそこから推測される対流パターンを, おぼろげながら描き出したと言える.
 一方,これらのトモグラフィーモデルで得られた速度異常を密度異常に読み替え, この密度異常に駆動される現在の瞬間的なマントル対流を,適当な粘性構造を仮定し, 流対力学の方程式に基づき解く研究も行われるようになった. 瞬間的なマントル対流は,マントルの粘性が十分に大きいため, 運動方程式から慣性項が無視され,粘性力と密度異常に働く重力との釣り合いで決まる. いわゆる時間依存の対流シミュレーションが, 簡単な初期温度(つまり密度)条件から出発し, 熱伝導の方程式も解きながら対流の時間変化を追って 多くのステップ計算を行うのに対し,瞬間的なマントル対流の計算は, トモグラフィーに基づく密度異常を初期条件に与え, 1ステップの計算を行うことに相当する.
 トモグラフィーに基づく対流計算は,マントル対流そのもの [e.g., VIGNY et al. (1991)] よりも, 対流と同時に計算されるジオイドの研究 [e.g., HAGER et al. (1985); HAGER and RICHARDS (1989); RICHARDS et al. (1988)] や, そのジオイドを観測値と比較してマントルの粘性構造を制約する研究 [e.g., FORTE et al. (1991); FORTE and PELTIER (1991); KING and MASTERS (1992); RICARD and BAI (1991); RICARD et al. (1989)] が主であった.その理由は, 対流計算の大前提となるマントルの粘性構造を決める必要があり,それには, 粘性構造に敏感で,観測値との比較も容易なジオイドが最も適しているからである.
 最近では,トモグラフィーに基づく対流計算による地表の流れを プレート運動と比較したり [e.g., BAI et al. (1992); FORTE and PELTIER (1987); RICARD and VIGNY (1989); VIGNY et al. (1991)], 同時に計算されるダイナミックトポグラフィー (対流による動的な支えも考慮した地表の変形)を地表の凹凸と比較した研究 [CAZENAVE and THORAVAL (1994); FORTE et al. (1993); KIDO and SENO (1994)] もある.これらの研究は, トモグラフィーの解像度と同じ12次までの計算が最高である.
 本論文では,先の KIDO and SENO (1994) の8次までの計算 (これはダイナミックトポグラフィーに焦点を絞った研究である) と同時に得られた対流パターンについて,3次元的に示す. また新たに,最近の高解像度のトモグラフィー [FUKAO et al. (1992); ZHANG and TANIMOTO (1991)] を用いた 36次までの対流計算を行い, 海洋アセノスフェアの小規模対流の存在を検討し, トモグラフィーに基づく対流計算の限界についても考える.


地震, 47, 411-421, 1994.
日本地震学会